中村達哉さんのダンスを観に行った。
「そこから眺める」という作品。
アートとしてのダンスを生で見るのは生まれて初めてで、
最初は理解できるのか、読み取ることができるのか不安だった。
でも、中村さんのダンスを見ていたら、そんな考えはどこかに行ってしまった。
人間の体の線が描く、不思議な世界。
硬かったり、やわらかだったり、強かったり、しなやかだったり。
髪の毛一本一本から爪の先まで張り巡らされた神経が体から空気中に溢れ出して
床とふれる瞬間、はなれる瞬間
音もないその世界に吸い込まれるようだった。
何よりもいちばん印象的だったのは、その「目」だ。
何かを本気で思っているとき、その人の目には、その人の原始の光みたいなものが宿る。
生まれたときから、ずっと持っているもの。
その人の根源、根底から湧き上がってくる、まじりけのない素直な何か。
中村さんの目は、静かで、力強くて、そんな光に溢れていた。
今回の作品にストーリー性を持たせていたのかは分からないが、私が感じたのは、
人間が生まれてからいろいろなことを覚え、成長し、恐れや不安、失敗、自信を知り、だんだんとしなやかさを手に入れ、熟練し、そして死んで行くということ。
死ぬときの感じは突然訪れるのではなくて、
熟練して歩いて行った先に見える風景の中に、静かに溶け込んで行くようだった。
それは自然の風景だった。
自然を眺めている自分。
そこから、だんだんとそちら側に歩いて行って、最後は自然と一体となったところからこちらを眺めている自分。
生まれた場所にかえって行くこと。
それは自然と一体になるということなんだ、と思った。
「人間だって自然の一部なんだよ」という、ハワイ島でもらった言葉を思い出した。
なんだか、不思議なあたたかさを感じる作品だった。
「そこから眺める」という作品。
アートとしてのダンスを生で見るのは生まれて初めてで、
最初は理解できるのか、読み取ることができるのか不安だった。
でも、中村さんのダンスを見ていたら、そんな考えはどこかに行ってしまった。
人間の体の線が描く、不思議な世界。
硬かったり、やわらかだったり、強かったり、しなやかだったり。
髪の毛一本一本から爪の先まで張り巡らされた神経が体から空気中に溢れ出して
床とふれる瞬間、はなれる瞬間
音もないその世界に吸い込まれるようだった。
何よりもいちばん印象的だったのは、その「目」だ。
何かを本気で思っているとき、その人の目には、その人の原始の光みたいなものが宿る。
生まれたときから、ずっと持っているもの。
その人の根源、根底から湧き上がってくる、まじりけのない素直な何か。
中村さんの目は、静かで、力強くて、そんな光に溢れていた。
今回の作品にストーリー性を持たせていたのかは分からないが、私が感じたのは、
人間が生まれてからいろいろなことを覚え、成長し、恐れや不安、失敗、自信を知り、だんだんとしなやかさを手に入れ、熟練し、そして死んで行くということ。
死ぬときの感じは突然訪れるのではなくて、
熟練して歩いて行った先に見える風景の中に、静かに溶け込んで行くようだった。
それは自然の風景だった。
自然を眺めている自分。
そこから、だんだんとそちら側に歩いて行って、最後は自然と一体となったところからこちらを眺めている自分。
生まれた場所にかえって行くこと。
それは自然と一体になるということなんだ、と思った。
「人間だって自然の一部なんだよ」という、ハワイ島でもらった言葉を思い出した。
なんだか、不思議なあたたかさを感じる作品だった。
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