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「嬉しい」と「楽しい」は、ちがうよね。 「楽しい」をふやしていきたい。今のわたし。 「たのしい」は、 たとえば。満月の下で、塩むすびをたべること。 妹から、すごいぴったりなタイミングで突然メールが来ること。 そしてなにげなく私にぴったりの名言を残してくれたり。 初めて会うのになぜか懐かしい感じのするひとと、とつぜん心が通い合うこと。 どこまでいっても、ふわふわな綿みたいなものに包まれるようなやわらかい人間関係を だれかときずくこと。 プレクトラムのライブ。 たましいのつながり合う人やものや事と出会うこと・発見すること。 それらによって、知らない自分が引き出されること。 「たのしい」にむかっていくように、人のからだはできている気がする。 楽しい人やもの、ことに向かって。

tiny things

何かをみてだれかを思い出す、とか どこか好きな場所を思い出す、とか そういう小さな感情こそが、じつはとても大切でかけがえのないものだということを 長い時間押し殺していたかもしれない。 好きなものを「好き」という。 たいせつなものを「たいせつ」という。 そうやってまっすぐにじぶん自身でいる人たちに出会って 彼らがとてもいごこちのよいところに自然と運ばれていくのを見て わたしのなかのなにかもすこしずつ変化しているようです。

Light inside of me

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「歌いなよ。よかったよ。」 シンプルに、そう言ってもらえるうれしさ。 私のなかの小さな子どもが とても素直によろこんでいる。 わたしは歌うとき、いったいなにを伝えようとしているんだろう。 全身がふるえるようなあの感覚は、いったいどこからやってくるんだろう。 嘉義で友だちをみていて歌いたくなったこと、 歌っていて涙が出たこと。 歌はいつもどこかからやってきて、 わたしのなかを通り抜けていく。 あの、ことばに自分のなかのなにかをのせて、音を奏でる感じ。 自分の身体がひとつの楽器になったようになって、なにかと調和してひびきだす感じ。 歌い終わると、なにかがきらきらして優しい気持ちに満たされる。 それが大好きな人にとどくと、とてもうれしい。 自分のなかのエネルギーが満たされたとき、 純粋な光がどんどん湧き出して、私の外に向かっていく。 とてもかけがえのない光。